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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)16807号 判決 1990年1月19日

原告 株式会社 成城土地建物

右代表者代表取締役 松田雅春

右訴訟代理人弁護士 井上博之

被告 沖原佐代子

主文

一  被告は、原告に対し、平成二年六月九日限り、原告から金七〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録三記載の建物部分を明け渡せ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1(一)  第一次的請求

被告は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を明け渡せ。

(二) 第二次的請求

被告は、原告に対し、原告から金五〇万円又は相当額の金員の支払を受けるのと引き換えに、本件建物部分を明け渡せ。

(三) 第三次的請求

被告は、平成二年六月九日限り、原告から金三五八万二〇〇〇円又はこれを著しく超えない範囲内で裁判所が決定する金額の支払を受けるのと引き換えに、本件建物部分を明け渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  賃貸借契約の成立

訴外佐藤悟は、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有者であるところ、昭和四六年一一月二五日、被告に対し、本件建物のうち本件建物部分を期間二か年、賃料一か月九〇〇〇円で賃貸した。賃料は、その後、昭和五五年三月から一か月一万七〇〇〇円と改訂された。

2  本件建物の所有者・賃貸人の変更

(一) 右佐藤悟は、昭和五五年一月二日死亡し、訴外佐藤千江が本件建物に関する一切の権利義務を相続し、本件建物部分についての被告に対する賃貸人の地位を承継した。

(二) 右佐藤千江は訴外美喜エステート株式会社に対し本件建物及びその敷地である別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を売却し、右美喜エステート株式会社は訴外株式会社松城に対し昭和六二年六月二四日これを売却し、さらに、右株式会社松城は原告に対し同年八月三一日これを売却し、登記については、右佐藤千江から原告に対し同日受付で直接に所有権移転登記がされた。したがって、原告は、被告に対する賃貸人の地位を取得した。

3  原告による賃貸借契約解約の申入れ

(一) 原告は、被告に対し、昭和六二年一〇月二七日ころ到達の書面をもって本件建物部分の賃貸借契約の解約の申入れをした。

(二) 仮に右解約申入れが認められないとしても、原告は、被告に対し昭和六三年一月二〇日送達の本件訴状をもって本件建物部分の賃貸借契約の解約の申入れをした。

(三) さらに、原告は、被告に対し、平成元年一二月八日午後三時の本件口頭弁論期日において、本件建物部分の賃貸借契約の解約の申入れをした。

4  解約申入れの正当事由の存在

右解約の申入れには、次のとおり正当事由がある。

(一) 本件土地は、地下鉄丸ノ内線新大塚駅から春日通りを池袋方面へ徒歩で約二分行った場所に位置し、春日通りから約一〇メートル程北東へ入った所にある。

本件土地の用途地域は商業地域・防火地域であり、基準容積率は五〇〇パーセントで前面道路の関係から許容容積率は二四〇パーセントである。本件建物は、もともとは、昭和二五年に四九・五八平方メートルの木造平屋建として佐藤千江夫婦の居住用に建築され、その後に一階部分を約三〇平方メートル、そして学生下宿として二階が増築されたのであるが、右の高度利用が予定される用途地域からすると、全く有効利用されていない状況にある。

(二) 原告は、本件土地を有効利用すべく、訴外株式会社戸木建築設計事務所に対し設計を依頼した。その設計によれば、本件土地上には、鉄筋コンクリート造り五階建て、総面積にして五一六・九三平方メートルの建物が築造できる。

(三) 本件土地建物の固定資産評価額は合計金二〇九七万八六〇〇円であり、本件建物部分を含む本件建物全部を賃貸しても、固定資産税・都市計画税の税額にも満たない。

(四) 本件建物の一階は、昭和二五年に築造され、本件建物部分を含む二階部分は昭和三一年ころ増築されたのであって、築後約三七年以上も経ている。しかも、戦後約五年という物資の欠乏した時代の建物であるから、全般的に老朽化して腐朽・損傷の程度が著しく、既に朽廃している。

(五) 被告は、昭和五九年九月一一日ころ、東京都豊島区南大塚五丁目四六番一二号にマンション一室を購入し、本件部屋を使用する必要性は既に消滅している。

(六) 原告は、本件訴状による解約の申入れに際しては金五〇万円又は相当額の金員を立退料として支払うことを申し入れ、平成元年一二月八日の解約の申入れに際しては金三五八万二〇〇〇円又はこれを著しく超えない範囲内において裁判所が決定する金額の立退料を支払うことを申し入れた。

5  よって、原告は、被告に対し、本件建物部分の賃貸借契約の終了に基づき、順次、次のとおり請求する。

(一) 本件建物部分を無条件で明け渡すこと、

(二) 原告から金五〇万円又は相当額の立退料の支払を受けるのと引換えに、本件建物部分を明け渡すこと、

(三) 平成元年一二月八日から六か月を経過した平成二年六月九日限り、原告から金三五八万二〇〇〇円又はこれを著しく超えない範囲内で裁判所が決定する金額の支払を受けるのと引き換えに、本件建物部分を明け渡すこと。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)の事実のすべて、同2(二)の事実のうち原告が現在本件土地建物の所有者であることは認める。

3  請求原因3(一)(二)(三)の事実は認める。

4  請求原因4の事実について

(一) 請求原因4(一)の本件土地を有効利用する必要性の存在は、否認する。本件土地の周辺は、春日通りに面する所でさえ、土地の有効利用がされているのは、二、三割程度であり、本件土地は、春日通りからビルにして一軒分住宅地に入っているため、その近傍はほとんど有効利用されていない。

(二) 請求原因4(二)の事実は否認する。

(三) 請求原因4(三)の事実のうち、本件土地建物の固定資産評価額が合計金二〇九七万八六〇〇円であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(四) 請求原因4(四)の事実のうち、本件建物が建築後相当年数経ていることは認めるが、その余の事実は否認する。本件建物の柱等の材料は良質のものが使われており、今後五〇年は使用可能である。

(五) 請求原因4(五)の事実のうち、被告が豊島区南大塚五丁目四六番一二号にマンション一室を購入してこれを所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、右部屋を事業の用に供しており、本件建物部分で税理士としての業務もし、かつ、居住しており、生活及び業務の本拠として使用している。

(六) 請求原因4(六)の事実のうち立退料の支払提供の事実は認めるが、原告主張にかかる立退料の額の相当性は争う。

理由

一  請求原因1、2(一)、3の事実は当事者間に争いがなく、同2(二)のうち原告が現在本件土地建物の所有者であることは当事者間に争いがなく、本件土地建物の所有権を原告が取得した経緯については、《証拠省略》によって認めることができる。

二  そこで、原告がした解約申入に正当事由があるか否かにつき検討する。

1(一)  《証拠省略》によれば、本件土地建物の固定資産税及び都市計画税の合計額は、昭和六三年度で年間一二万二七〇〇円であり、本件建物は現在被告のみが賃借しており、これによる原告の年間粗収入は二〇万四〇〇〇円(月額一万七〇〇〇円×一二か月)であることが認められる。《証拠省略》によれば、(1) 本件建物は、昭和二五年ころに建築され、その後昭和三一年ころに二階を増築した建物であり、一階が家主(当時佐藤千江夫婦)の自宅用、二階が学生等を相手としたアパートとなっていること、(2) 本件建物は、既にかなり老朽化が進み、かなり頻繁な修繕を要することが見込まれる建物であるが、快適さなどをともかくとすれば、居住するうえで格別な支障はなく、少なくとも朽廃してはいないこと、(3) 佐藤千江夫婦は、自分が家主の当時、本件建物を建て替える意思・計画を立て、被告以外の賃借人にはすべて立ち退いてもらったものの、被告については契約終了を申入れたが、被告の種々の内容の要求によって断念し、右佐藤夫婦の意思・計画は原告に事実上承継されたことが認められる。

(二)  そして、《証拠省略》によれば、請求原因4(一)の事実のうち本件土地の場所的状況、用途地域などの法規制については原告の主張どおり認めることができる。

(三)  《証拠省略》によれば、被告は、現在五七歳で同居家族はなく、税理士業を営んでおり、本件建物部分は居住用であり、昭和五九年九月本件土地建物の近くである豊島区南大塚五丁目四六番一二号にいわゆるワンルームマンションを購入しており、右マンションは、部分的に税理士事務所として使用し、かつ、知人と共同して利用しているが、被告本人の意思次第で居住用としても利用可能なものであること、さらに、被告は、新大久保にも家賃収入目的のマンションを共同購入しており、その経済状態は比較的恵まれていることが認められる。

(四)  鑑定の結果によれば、本件建物部分の借家権価格は、三四〇万円であり、移転雑費一八万二〇〇〇円を含めると、三五八万二〇〇〇円であることが認められる。

2  以上の事実によって検討するに、本件土地の場所的状況、本件建物の現状、固定資産税などの負担額、本件建物を賃貸した場合における収入額、本件建物の利用状況、旧家主である佐藤千江夫婦がその所有当時既に本件建物を建て替える意思・計画を有しており原告は右意思・計画を事実上引き継いだこと、被告は単身者で本件建物部分を居住用に利用しており移転に伴う大きな経済的・非経済的な損失はほとんど考えられないこと、被告が別に居住可能なマンションを所有していることなどから考えると、原告のした本件建物部分の賃貸借契約の解約の申入れは、原告が立退料として借家権価格を超える十分な金額の立退料の支払を提供してはじめて正当事由を具備するに至るものというべきであるから、原告の立退料支払なしの解約の申入れ及び金五〇万円又はこれと著しく差のない立退料を提供したにすぎない解約の申入れは、いずれも法律上その効力を発生するに由ないが、金三五八万二〇〇〇円又はこれを著しく超えない範囲内で裁判所が決定する金額の支払の提供を伴った解約の申入れは、有効であるというべきである。

そこで、右解約の正当事由を具備する場合の相当な立退料の金額を検討するに、以上認定した事実に鑑定の結果を合わせ考えると、七〇〇万円が相当である。

三  そうすると、原告の第一次的請求及び第二次的請求は、いずれも理由がないので、これを棄却することとし、第三次的請求は、立退料として金七〇〇万円の支払と引き換えに明渡を求める請求として、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚原朋一)

<以下省略>

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